山口岩男ゴールデン☆ベスト、マスタリング終了!

8月30日に、古巣の日本コロムビアから、「山口岩男ゴールデン☆ベスト」が発売されることになりました。「堺正章ゴールデン☆ベスト」とか、「ちあきなおみゴールデン☆ベスト」とかあるでしょ?アレです。レコード会社共通の企画で、最近はたくさん出てますね。

これといったヒット曲もないのに、30年近く前の楽曲たちを集めて出してもらえるとは、本当にうれしい。1989年から、1996年までのコロムビア在籍時代のベスト盤。まだウクレレではなく、シンガーソングライターとしての活動だけだった頃なので、全て僕が作詞作曲した歌です。

先日、マスタリングに立ち会うために、コロムビアのマスタリング・ルームに行って来ました。通い慣れた赤坂ではなくて、今は南麻布のビルの中にあります。

アナログのマスターテープが残っていた4~6枚目のアルバムに関しては、なんと当時のマスターテープを実際に回して、改めてデジタル・リマスタリングするのです。ということは、当時のマスターテープと再会できるということ。これはもう、遠足の前日並みにワクワクするよね!

これが当時のマスターテープ。さすがメジャーは違うなぁ。きれいに保管されていました。感激!

100年の歴史を持つコロムビアは、美空ひばりさんをはじめ、過去のお宝音源をハイレゾ配信したり、重量版のアナログで再発したりしているので、あらゆる種類のテープに対応すべく、オープン・リールが再生出来るデッキもちゃんとメンテされて、いつでも準備O.K!になっています。ちなみに、もうこれらの再生機は製造されていないそうなので、今あるのが壊れたら終わり。1台だけ特注で作るとなっても、製造ラインそのものも、開発者もいないので、実際はほとんど無理!な世界ですね。

テープ幅1インチのマスターテープ。カセットテープが0.15インチなので、8倍以上の面積を、テープスピード毎秒38cmでブン回す。ちなみにカセットは、毎秒4.75cmなので、カセットの何倍になるのかな?とにかく、音をよくするには「幅を広げて、速く回わして、情報量を稼ぐ」という、超アナログな技法。テープ一巻で数万円の世界です。

20数年振りのご対面。

さて、肝心の音ですが、、、

なんていい音なんだろう!こんなにいい音で録れていたんだ!アナログはやっぱり低域の豊かさが全然違うよね。アルバム「I AM A ROCK」の「GRADUATION DAY」なんかは、小田原豊(レベッカ)のドラムと、美久月千晴のベースの絡み&グルーヴが、まるで目の前で演奏しているかのよう。5枚目のアルバム「The Acoustic」も恐ろしく良い音で録れておりました。

ちなみに、ファーストアルバム「開戦前夜」から、サードアルバム「LOST PARADISE」までのマスターはデジタルだったので、デジタル→デジタルで処理されています。もう時代はデジタルだったんだけど(1988-1991)、4枚目「I AM A ROCK」からエンジニアリングをお願いした伊東俊郎さんがこだわりの人で、マスターをアナログ・テープにしてくれていたのです。おかげで、25年経って、こんな楽しい想いをすることが出来ました。

今回マスタリングをお願いしたのは、日本コロムビア株式会社スタジオ技術部チーフマスタリングエンジニア・田林正弘さん。今や巨匠ですね。興味深いお話を伺いながら、素晴らしい音に仕上げていただきました。

しかも今回のCDは、コロムビアが開発した高音質CDUHQCD」でのリリースです。

UHQCDについてはこちら!

http://columbia.jp/uhqcd/

ジャケットはこんな感じです。1989年リリースの記念すべきファーストアルバム「開戦前夜」の時のアウトテイクです。裏ジャケもその時の撮影で、なぜか明け方の河口湖大橋で撮ったもの。

カメラマンは、吉田拓郎の「元気です」や、「かぐや姫さあど」、中島みゆきの全作品のジャケットを手がけた、「タムジン」こと田村仁さん。このころはアルバム1枚2000万くらいかけてましたから(笑)。凄い時代でした。

発売日は2017年8月30日です。Amazonでは予約開始しています。

Amazonでご購入の方は、下記リンクからどうぞ!

https://www.amazon.co.jp/dp/B0725NY82D

ぜひ、今の時代に蘇った山口岩男の世界をお楽しみください。

生きててよかった・・・(^_^;)

【収録内容】~山口岩男本人が選曲しました~

1 真夜中のリバー・サイド:(開戦前夜、1989)

2 開戦前夜:(開戦前夜、1989)

3 Frozen Night:(開戦前夜、1989)

4 長距離電話のむこうの街:(I Believe…1989)

5 I BELIEVE・・・:(I Believe…1989)

6 今夜、パーキングエリアで:(LOST PARADISE 1990)

7 渡るべき多くの河:(LOST PARADISE 1990)

8 GRADUATION DAY:(I AM A ROCK 1992)

9 Singin’ In The Rain :(I AM A ROCK 1992)

10 空:(The Acoustic 1992)

11 もう一杯だけ…:(The Acoustic 1992)

12 最後のStation:(遠い昔僕らは…1993)

13 心の中でつぶやく名前:(遠い昔僕らは…1993)

14 きっとまた会える:(旅に出ようよ 1996)

15 愛が見える時:(アルバム未収録 1993)

16 ウクレレ・クリスマス:(アルバム未収録 1991)

弟からのプレゼント!?

昨日6月9日は弟の誕生日でした。生きていれば、です。弟は34歳の時に心臓発作で亡くなりましたが、もし生きていればちょうど50歳を迎えていたことになります。

母や弟の誕生日、命日には、何か見えない世界からメッセージでも来ないかな、といつも思ったりするのですが、残念ながら今まで特にそれらしいものがあった事はありません。

昨日のことです。茅ヶ崎のポレンさんでのレッスンの帰りのこと。いつものように、茅ヶ崎市東海岸のポレンの駐車場を出て、通称「鉄砲道」と言われるバス通りを車で自宅方面に向かっていました。鉄砲道から「浜見平南口」の信号を左折して、「居酒屋・かんべえ」のところに差し掛かった時に、右の狭い道から小学校4年生くらいの男の子が自転車で勢いよく車の前に飛び出して来ました。

間一髪、急ブレーキをかけて事故は免れましたが、かなり危なかった!19歳の時に免許を取って、もう35年になるけど、こんな危ないのは初めてでした。急停車した後も、しばし呆然としてしまって、後ろからクラクションを鳴らされるまで動けなかった。

こちらはいつもの道で、レッスンの帰り、トロトロと走っていたのですが、事故っていうのはこちらがいくら気をつけていても、起こるときは起こるんだな、と改めて思った。考えてみれば、これだけ車やバイクや自転車が走り回っている世の中で、よくまあ、今まで事故も起こさず、事故にも会わずに済んで来たものだ、と思います。最終的には、すべて「運」としか言いようがありません。

その後しばらくして、

「これは、弟が守ってくれたのかな」

と、思ったのです。ほんのコンマ何秒かズレていたら、間違いなくぶつかっていた。そんなに大事故にはならなかったと思うけど、いくら向こうが飛び出して来たといっても、人身事故になってしまったら、どうしても車が悪いことになってしまうから、しばらくはいろんな処理に時間を取られて、精神的にも参ってしまって、今取り掛かっているニューアルバムの作業にも支障が出たに違いありません。

ああ、今日はマコトの誕生日だもんなぁ。ほんとはぶつかってたんだけど、あいつが「兄貴も、今日は俺のことを思い出してくれてるだろう。僕の誕生日に人身事故じゃ、縁起が悪い」って思って、ちょっとだけズラしてくれたのかな。うん、多分そうだろう、そうに違いない。マコト、ありがとうな。

ま、都合のいいように考えてるだけで、ただの偶然かもしれないけど「弟が守ってくれた」って考えた方が気分がいいからね、そういうことにしよう。

亡き母と、亡き弟。山形の由良海岸にて。弟は2歳くらいかな。という事は、母はまだ32歳くらい。昭和44年頃の写真です。

去年の弟の誕生日に書いた記事です。

今日6月9日は僕の弟の誕生日

 

 

 

今日は母の誕生日。

 

今日、4月25日は僕の母、智子さんの80回目の誕生日です。もし生きていれば、です。僕の母は56歳で亡くなりました。胃ガンでした。ガンがわかり、「あと数ヶ月の命」と言われた時に、僕が真っ先に思ったことは、「自分の弁当箱くらい、自分で洗っておけばよかった」という事でした。
 
高校の時、家に帰ると僕は弁当箱をカバンから出して、いつも台所のテーブルにポンとただ置いていました。母はそれを毎日洗っては、翌日また弁当を詰めて僕に持たせてくれたのです。母が毎日僕の弁当を洗う時間はほんの数分だったかもしれませんが、3年間だと相当な時間になったでしょう。もし僕が、母の人生がこんなに短いと知っていたなら、弁当くらい自分で洗っておけばよかった、と僕は心の底から思いました。母の貴重な時間を、僕の弁当箱を洗う時間に使わせてしまった、と僕は後悔したのです。
 
人はみな、限りある人生を生きています。そして、時々それを忘れて貴重な時間を無駄にしてしまう。若い頃は、人生は永遠に続くような気がしますが、50歳を過ぎれば、誰もが親や友人たちが亡くなることを経験し、人生はそんなに長くはないことを感じ始めます。
 
あと2年で、僕は母の年齢を超えてしまいます。自分よりも母が年下になるなんて、変な気持ちです。
 
まだ親が生きているみなさんは、どうか生きているうちに親への感謝を伝えてください。病気をしないように、食べ物に気をつけてください。酒を飲んで無駄な時間を過ごさないでください。
 
智子さん、80歳のお誕生日、おめでとう。僕に人生を与えてくれてありがとう。いつか違う世界であなたに会えることを信じています。
 
Today, April 25th is my mother Tomoko’s 80th birthday If she is still alive.My mother passed away at the age of 56 by stomach cancer. The thing that I first thought when I got to know she is cancer and she will be dying in few months, was that “I should have washed my lunch box by myself”.
 
When I was in high school, when I got home I took out a lunch box from my bag and always just put my kitchen table.My mother washed it every day and packed the lunch again the next day and let me have it.
 
It may have been only a few minutes for my mother to wash my lunch every day, but for three years for my high school days, it would have been a long time.
 
If I knew that my mother’s life was such a short, I thought from the bottom of my heart that I should have washed my lunch box by myself. I regretted that her valuable time was used to wash my lunch box.
 
Everyone lives a limited lifetime but sometimes we forget it. When we were young, a life feels like it will last forever, but after the age of fifty, everyone experiences about parents and friends dying and starts to feel that a life is not so long.
 
In another two years, I will exceed my mother’s age. It will be strange feeling that my mother will be a younger than me.
 
If your parents are still alive, please tell your appreciation to your parents while they are alive. Please take care of the food so as not to get sick. Please do not waste time drinking alcohol.
 
Tomoko, congratulations on your 80th birthday. Thank you for giving me a life. I believe that I will meet you someday in a different world.
 
1966年、僕の生まれ故郷山形県天童市の舞鶴公園にて。左から、父、僕、母、昨年亡くなった母の妹、恒子。

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1966年、僕の生まれ故郷山形県天童市の舞鶴公園にて。左から、父、僕、母、昨年亡くなった母の妹、恒子。

松田麻美子講演会に行って来ました

今年の初めに出会い、今後の僕の食生活の指針として「これしかない!」と思った「ナチュラル・ハイジーン」。1985年にアメリカで出版され1300万部を売り上げた「Fit For Life」によって広く知られることになったアメリカ発の食生活の考え方で、マドンナや、レニー・クラヴィッツなども実践している事で知られている。これの日本版の監修・翻訳をされたのが松田麻美子先生である。
昨日はその松田麻美子先生の講演会に行ってきた。
昨日講演会が開かれた東京両国のホテルのカフェにて、松田麻美子先生と。
素敵!お若い!麻美子先生は大学留学で渡米されて今年で40年!だそうだ。もちろんお年は存じ上げないが、信じられない若さ。足なんかありえないくらい細く、まるでアイドルのようなスタイルだ。僕はこういう仕事なので、女優さんやアイドルとテレビ局やスタジオで見かけたことがあるが、
「浅香唯」や、「黒木瞳」を見たときと同じくらい衝撃を受けました(笑)。

「ナチュラルハイジーンとは」
 
ナチュラルハイジーンとは、アメリカの医師たちによって生まれた健康理論です。
1985年にアメリカで出版された書籍『FIT FOR LIFE』によって、広く知られることとなりました。
日本語訳「フィット・フォー・ライフ」は2006年に出版されています。ナチュラルハイジーン(Natural Hygiene)は
わかりやすく訳せば「自然健康法」といったところでしょうか。その内容は、「人間の体に、健康のために必要な条件を与え
傷つけるものを与えないことによって体内外の衛生を保つ」というものです。ここで言われている「必要な条件」とは、1.新鮮な空気と水2.体の生理機能構造上ふさわしい食事
3.十分な睡眠や休養
4.適度な運動
5.日光
6.ストレスマネージメント
です。空気、運動、日光の3つの条件は、
空気のきれいな時間に30分以上の有酸素運動(ウォーキング)を週5日行えば、
満たすことができるでしょう。
睡眠、休養、ストレスマネジメントの必要性については、
一般に知られているとおりです。

ナチュラルハイジーンでは基本的に、
「プラントベースのホールフード」の食事をすることを提唱しています。「プラントベースのホールフード」とは、
「植物性の食品を、そのままの形で食べること」
です。基本的にこれだけ。精製されたものではなく、生きていた時の
形がわかる状態で、全体をいただくということだね。
例えばリンゴなら、リンゴのジャムやジュースではなくて、リンゴの実を丸ごと(皮ごと)いただくということ。
そんな我が家の今日のお昼ご飯はこんな感じです。
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生のカブをスライスしてパスタ状にして、かぼちゃクリーム(何も加えない)ものをかけて、ほんの少しお塩とコショーで味付けした
カルボナーラ風と、地元の無農薬野菜だけを使ったサラダ。お昼はこれだけです。
来年の4月9日、東京で松田麻美子先生とのコラボ講演会が決定しました!
詳細は近日中に発表します。
会場では、実際にナチュラルハイジーンに基づいたお料理を召し上がっていただきながら、僕のライブもあります。もちろん、
僕の畑の無農薬野菜も使うよ〜!うまく行けばだけど(汗)。
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【山口岩男より、親愛なるみなさんへ】

本日9月21日、わたくし山口岩男は無事53回目の誕生日を迎えることが出来ました。1989年に日本コロムビアからデビューして以来、28年に渡ってずっと音楽を続けて来られたことは、応援してくださったみなさんのお陰でしかありません。心より感謝申し上げます。シンガーソングライター・山口岩男から、ウクレレプレイヤーのIWAOへと変化する過程で、多くの山口岩男ファンを置き去りにし、そしてまた昨年の「ウクレレ界卒業宣言」でウクレレ愛好家の方々を戸惑わせてしまいました。昨年、関口和之さんのラジオ番組の中で「日本一自由なミュージシャン」と言っていただきましたが、一貫性のない音楽活動に(笑)いつもファンのみなさんを振り回して来てしまいました。「居心地が良くなると、そこを離れたくなる」あまのじゃくな性格もさることながら、僕はいつでも、その時の自分に正直に、型にはまらずに音楽をやってきただけです。
そして、誕生日の今日、カミングアウトします。僕は90キロにまで太ってしまった2007〜2008年、深刻な精神薬依存とアルコール依存になっていました。2008年3月、精神安定剤とアルコールの過剰摂取で生死の境をさまよい専門病院に入院、退院後はAA(アルカホーリックアノニマス)などの自助グループにも通い、アルコールとの縁は切れましたが、それから精神薬の依存から抜けだすまではさらに5年かかりました。この精神的にも肉体的も最悪の時期は、多くの方にご迷惑をおかけしました。精神安定剤と睡眠剤の多量摂取でフラフラになり、2年の間に5回も接触事故を起したり、酩酊状態で電話をして、翌日全く記憶がなかったり・・・精神的にも不安定で、ライブやイベントに呼ばれて行って、演奏せずに帰ってきてしまったことも何度かありました。大事なレコーディングを忘れてしまい、スタジオから電話がかかってきて初めて気がついたことも何度か・・・。もうこの世界で生きていけないかな、とあの頃は毎日思っていて、また薬やアルコールの量が増えていったのです。
2013年、一念発起して茅ヶ崎に移り住み、本格的に体質改善に取り組み、アルコールや薬との縁も切れ、現在はすっかり元気になりました。思うように体が動かなかった40代を取り戻すべく、僕は今までの人生で初めてといっていいくらい精力的に活動しています。一度死んだも同然でしたが、そこから必死に這い上がって来ました。そろそろたそがれはじめる人が多い50代ですが、僕にとってはこれからひと花もふた花も咲かせる大事な時。「こいつは化け物か!」と呆れられるような50代以降を過ごすべく、食事に気をつけ、体を鍛えて日々精進しています。今後は自分の経験を生かして、食&健康の講演活動にも励んでいきたいと思います。9月11日に愛知県みよし市で行った「食育セミナー」の模様をYouTubeで公開しましたので、ぜひご覧ください。恥ずかしながら、その頃の写真もたくさん公開しております。タイトルの「『究極のアンチエイジング・プログラム』で30歳若返る!!」はアメリカでベストセラーになった「Fit For Life」(日本でのタイトルは「超健康革命」)を翻訳された松田麻美子先生が付けてくださいました。
今後は、ウクレレ奏者、ギタリスト、シンガーソングライター、講演家、そして作家として、すべての表現を「山口岩男」として行っていきます。
ご期待ください。感謝を込めて・・・2016年9月21日 山口岩男