山形県村山市袖崎で、さくらんぼ狩り

山形県天童市に帰省しています。今日(6/23)は、村山市袖崎、永井さんのさくらんぼ畑でさくらんぼを取らせてもらいました。こんな感じのところです。JRの駅(無人駅だけど)から、車でわずか数分でこんなロケーション。

ここ村山市は、僕が高校時代を過ごした場所です。僕が卒業した山形県立楯岡高校は、現在、中高一貫教育の「山形県立東桜学館中学校・高等学校 」になっています。

こんな感じで実っています。

丁寧に摘んで、「ハゲゴ」に入れます。永井さんに借りた、ハゲゴ。ちっちゃくて

可愛いよね。気に入っちゃった ♪

これ、セカンドバッグとして街でも使えそう。山形では「ハゲゴ」といいます。「ハケゴ」でもいいです。

ハシゴに登る。大学を中退してミュージシャンになるまではエアコン工事のアルバイトをしていて、散々ハシゴには登ったからね、バッチリ。痩せてよかった!と思える瞬間。

 僕が山形で過ごしたのは高校3年までのたった18年間。9月で54歳になるから、もう36年も東京、神奈川で過ごしていることになる。そうか、山形で暮らした倍の時間を関東で過ごしているんだな。

昨日、叔母(母の妹の、恒子)の一周忌法要があったんだけど、お寺でのお勤めの時に配られた冊子にこんな言葉があって、思わず写真を撮ってしまったんだけど……。

「人生は長さだけではない。幅もあれば、深さもある」

……なるほど。本当にそうだよなあ。山形で過ごした18年の深さは、とてつもなく深いんだよなぁ。まっさらな子供の心に深く染み込んだ山形の言葉、暮らし。

「本当の気持ち」を言い表すのは、未だに山形弁の方がしっくりくるもんな。

故郷の自然、人、言葉。ま、「風土」ってことだけどさ。若い頃には全く価値を感じなかったものが、今の僕には何よりも大切に感じるよ。

これも、故郷を遠く離れて何十年も暮らしたからわかることでね。

健康だってそう。体を壊して初めて健康の有り難みがわかるんだな。

人間だってそう。失くして初めて、その人の有り難みがわかるんだ。

尊敬する、佐野元春さんの「君が一緒でなけりゃ」の歌詞を思い出すよ。

「君が一緒でなけりゃ」

人間なんてみんなバカさ

いくら語ってもたりないぜ

人間なんてみんなバカさ

やがて海は燃えるだろう

やがて森は枯れるだろう

生き残ったってうれしくないのさ

君が一緒でなけりゃ

君が一緒でなけりゃ

人間なんてみんなバカさ

大地を征服したいだろう

人間なんてみんなバカさ

やがて命は朽ちるだろう

そして聖者は祈るだろう

虹がかかってもうれしくないのさ

……さくらんぼだってね、誰かと一緒に食べるから美味しいのさ。

一人で食べても、きっと誰かを思い出してるのさ。

本当に大切なものって、近すぎて見えないことが多いんだね。

若い頃は遠くばかりを見ていたけれど、年を取ると近くのものが見えてくるんだなぁ。近くの文字は見えなくなるんだけどさ(笑)有り難みはよくわかるようになる。

じゃあ、また!

出荷準備中の、永井さん家のさくらんぼ。